不連続統一体

Architecture

私用で長崎へ行かなければならなくなった前の夜。なにげにFacebookをみていると「海星学園中央館解体」の記事がタイムラインで流れてきた。これも「最後に見ておけ」という神様の思し召しかもしれないと思って、翌朝、一番に学校へ連絡を入れてみた。

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海星学園は長崎市内の中高一貫のカトリック系の学校で、オランダ坂を登った東山手の丘にある。設計は吉阪隆正(綾井建築事務所と共同)。吉阪はコルビジェに師事した3人の日本人建築家のなかの一人で、マルセイユのユニテなどを担当。帰国後の作品は、ヴェネチアビエンナーレ日本館やアテネフランセ、大学セミナーハウスなど。自身の設計事務所であるU研究室(吉阪研究室)主宰し、象設計集団や内藤廣などの建築家を輩出した。

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なかなか了解が取れず「担当者が不在」という理由で見学の解答を猶予され、学校へ連絡すること計3回。最後には「とりあえず行きますから」言うと「見れない場合もございますので」という返答。ダメなら外観だけでもと思い、言った通りとりあえず行ってみた。学校へ着くと管理棟の受付へ直行。「電話した者ですけど」と伝えると、あっさり見学許可がおりて肩すかし。親切に中央館の入り口まで案内してもらい「そりゃー、昨日の今日なので、心情的にもすぐに良いとは言えなかったよなー」と思いつつ、係の人に深々とお辞儀をして建物へ(笑)。

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スポーツカーのウイングの様な庇がおもしろい。もともと木製建具だったのが、現在はアルミサッシに変わっていた。竣工当時の写真を見てみると、断然木製建具の方が良いのが分かる。会議室に使われていた木製建具はモンドリアンの様なデザインになっていたらしい。それ見たかったなぁ。

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木製建具の残っている箇所もあった。アルミサッシよりも自由な表現になっているのは一目瞭然。デザイン的な納まりもまた良い。

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以前の校舎は傾斜地の僅かな平地に建てられていたらしく、それを見た吉阪は「平地はグランドに利用すべし」と考え、校舎は傾斜地に土木技術と建築技術を融合して建設される。傾斜の方向が教室の向きと合わなかったので各教室は雁行して配置された。そして「機能と造形と経済が結びついた建築ができあがった」と、吉阪自身が語っている。傾斜する校舎の向こうには長崎の港。

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エントランス付近の屋根や庇の形状は、脱構築主義(デコンストラクティビズム)の建築を彷彿とさせる。ちなみに竣工したのは1958年。デコン建築が登場する30年も前のできごと(笑)。

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エントランスホールは、モザイクタイルの壁やここにもモンドリアンの様な開口部が見られるはずだったのだが、解体前で集められた学校の備品によって確認できず。もしかしたら既に無かったのかも。

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教室のある廊下にある不思議な袖壁。構造上必要な袖壁なのか、デザインなのか定かではないが、不思議で興味深い造形になっていた。

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建物の中でアクセントとなっている螺旋階段。直線的な構成のなかで、唯一曲線の形状がこの部分。開口部はコルビジェのロンシャンの教会よう。頂部には港を望む聖母マリア像があり、校舎全体のシンボル性を一手に担っている部分。

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たまに、港の方から遠目に見るくらいで「いつか見に行こう」と思ってやり過ごしていたので良い機会だった。吉阪隆正の建築の魅力的なところは包容力ではないかと思う。父性と言うよりは兄貴的な。世代を超えて包み込んでしまう様なデザイン。だからと言って優等生なデザインではなく、思わずニヤリとしてしまうような遊び心も忘れていない。吉阪のなかの「不連続統一体」の思想に少しだけ触れることができた様な気がして、偶然の巡り合わせだったけれど見ることができて本当によかった!
惜しまれるが明日から解体がはじまる。

集めることと弘めること
独立を損なわずに統一を与えること
停滞に陥らない安定性
不安に導かれない可動性
二つの矛盾した力、
それをそのまま認めつつ
しかも協調を見出すこと、
ここに20世紀後半の課題を解く鍵がある.

ー 不連続統一体について 吉阪隆正 ー