徳雲寺納骨堂にて・・・

Architecture

昨年の年末に一人の建築家が亡くなった。

60年代に「代謝建築論」を掲げメタボリズム運動の先導者となり、戦後の建築界に多大な影響力を及ぼした。
その建築家の作品をこのあいだ赴いた久留米で見ることになった。「徳雲寺納骨堂」は1965年の作品で、前年に建てられた彼の代表作である「東光園」とは比べものにならないくらいに小ぶりながら、構造的には中心の壁から持ち出されたキャンティレバーによって建物全体が宙に浮かんだアクロバティックな体裁の意欲作。実験的で挑戦的なのは明らかな作品だ。当初の目論見通り建物の周囲に水が張られていたならば、睡蓮の水面に浮かぶ幻想的な風景を目の当たりにできたのかもしれない。

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建物から差し出された階段を上り中へ入ってみると、持ち出された屋根からぶら下がった壁はなんとも不思議な感覚。繋がっているはずの壁と床は切り離され、その間隙から呼び込まれる外光によって宗教建築としての荘厳さを演出している。それは、床に貼られたクッションフロアの陳腐さをも凌駕するぼどだ。しかしながら、建てられて半世紀弱の風雪にやっとのことで耐えているような痛々しさも同時に感じられ、近代を突き抜け野心に満ちあふれた建築の果ての姿を目の当たりにしてしまった場の悪さも同時に味わうことになってしまった。

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小さな作品には、その小ささ故に作家の建築観がシンプルに吐露される。建築家の出世作に住宅等の小建築が多いのはそのためだ。建築家の思想を知りたければ小さな作品を見ると良い。そう言った意味において、この「徳雲寺納骨堂」は菊竹清訓の建築に対する態度を見て取れる作品になっていて面白い。