国東の五輪塔

Art

お墓などでよく見かける五輪塔のプロポーションに惹かれ、平安末期及び鎌倉時代からの五輪塔が見られる大分県の国東半島へ。

五輪塔は一言で言えば仏教系思想の世界観をかたちにあらわしたもの。下から「地輪(四角/六面体)」「水輪(丸/球体)」「火輪(三角/方形・四角錐)」「風輪(半円/半球)」「空輪(宝珠型/上先の尖った球体)」による構成で、宇宙の元素をあらわす五大を象徴している。

五大思想はインド仏教にルーツを持つものだが、五輪塔自体は、密教が仏教を再構築する過程で生まれ、インド、中国、朝鮮に類似するものがないことから日本独自の造形物と考えられている。密教系仏教の影響から生まれつつも浄土思想と結びつき、宗派を超えて広まった、まさに思想を超越した仏塔なのである。と、簡単に要約し過ぎかもしれないが、現在まで親しまれている仏教の思想をかたちにした「よりどころ」の象徴であることには間違いないし、それは、その造形美によるところが大きのではないかと思う。

インスタグラムでフォローしている、花元(かげん)という古美術を扱うお店の主人に勧められた旧千燈寺跡を軸にその周辺を見てまわった。

まず立ち寄ったのは「富貴寺」。その大堂は国宝に指定され、西国(近畿より西)唯一の阿弥陀堂にして、九州最古の木造建築物(平安時代末期)。周囲の木々のみずみずしい真緑の中に凛として佇む、和洋独特の大地に根ざした厳格な存在感を見せている。

その大堂を取り囲むようにして五輪塔が置かれている。

火輪の四隅が反り上がった五輪塔。

地水火風空が揃わないものもあり、朽ち果てていく姿も趣がある。

ゆっくりと建物を見たかったが、今回の目的は五輪塔。早々に富貴寺を後にし、旧千燈寺跡(天台宗)へ。近くにある五辻不動尊は、3年前に開催された国東半島芸術祭の常設作品が見られるポイントにもなっていているので、一緒に見ることにした。

駐車用の広場があり案内板に従い山に入る。草木が生い茂り、微かに残るけもの道のような林道を案内板を信じてひたすら登る。すると、突然遺跡のような五輪塔群が現れた。

無縁仏のように集められた五輪塔群は圧巻の風景。

ほぼ同じくらいの大きさの五輪塔が、山の傾斜に沿って並べられている。

よく見ると、一つ一つの形状は少しずつことなり、それぞれに個性を持つことがわかる。均整の取れた五輪塔も良いが、一石でつくられた小ぶりの五輪塔の朽ちてゆく姿も秀逸。

奥の林道沿いに続く五輪塔。筍のように大地から生まれ出てきたようなその姿は、生命が宿っているかのように自由な物腰で存立している。

下調べによると、仁王像が先に現れる予定だったのだが、先に五輪塔群に出くわしてしまった。五輪塔群に圧倒されてしまい、そのことに気づくのに時間を要した。そうだったと我に返りその場所へと向かおうとしたがすぐには道が分からず、寺院跡への道と思われるところを行ったり来たりして、ようやく通ずる道を見つけ先へと向かった。

けもの道を進んで行くと次第に岩肌にはめ込まれたようなお堂が見えてきた。仁王像があることを期待したのだがここにもなく、案内板には奥の院と書かれてあった。ここでようやく逆まわりしていることに気付いた。

お堂の中には無数の石仏が残されていた。
旧千燈寺跡と言うだけあって遺跡のような佇まい。といえば聞こえは良いが、廃墟のような印象。

今にも、自然に飲のみ込まれそうな奥の院は、自分自身ものみ込まれてしまいそうな雰囲気があってちょっと怖かった。仁王像があるであろう入り口を目指して石段を下った。下から見上げる奥の院は森と一体化しているように見える。

奥の院の石段から下は丸石敷の参道が続く。綺麗に敷き詰められているなと感心しながら歩いていると、ほどなくして例の仁王像が見えてきた。

事前に見ていた現地の写真と実際は違い、仁王像のある護摩堂跡は意外とこじんまりとしていた。

一説には全国にある石像仁王像の8割近くが国東にあるらしい。先に見た富貴寺の仁王像も石像だった。

護摩堂跡のすぐ下には案内板があり、これを見ると全体がよく分かる。この看板駐車場のところにも欲しかったな。。。

さて、道を引き返して再び五輪塔群のところへ戻り、上に続く林道を登った。一旦、舗装された道に出て五辻不動尊へ向かう。

千燈プロジェクト入り口、不動茶屋を知らせる看板。

不動茶屋はお盆休みなのか閉まっていた。ガラス戸から中を覗き込むと千燈プロジェクトの作家、アントニー・ゴームリーの紹介などがされていた。

不動茶屋を下ったところに五辻不動尊の入り口がある。林道が整備されていて、急勾配のところが多いが比較的登りやすい。

千燈プロジェクト:「ANOTHER TIME XX」アントニー・ゴームリー

アントニー・ゴームリーはイギリスの彫刻家。
自分自身のからだを石膏で型取りしそれに鉄を流し込む方法で作品を制作している。石膏が固まるまで目を閉じ瞑想状態に入るという。東洋思想に造詣が深く、自らのインドなどでの仏教修行をルーツとした、身体は物体ではなく我々が住む場所というコンセプトが作品に通底している。この像も錆びて朽ち果て自然に還るまでのプロセスが作品であるとされる。鉄塊の他に針金やワイヤー、木片、球体、などの素材で身体を表現した作品がある。

当プロジェクトでは自分自身を模した629.5kgもある鉄の固まりを、東の方角に向けて設置。
設置には地元椎茸農家の運搬技術が活かされ、不動茶屋から作品設置場所までワイヤーを渡しロープウェイのようにして運んだそうだ。

その先にある五辻不動尊へも登ってみた。切り立った岩の尾根につくられた参道は天国への階段の様相を呈している。

岩窟に張り付くように建てられたお堂。三佛寺投入堂を彷彿とさせる。

お堂でしばし休憩。ゴームリーの作品とそこから見える絶景で疲れも何処かへ行ってしまった。

作品をワイヤーで運ぶのに試運搬をしたコンクリート製のダミー人形(700kg)。こちらは不動茶屋横に怪しく鎮座。

次に向かったのは、旧大聖寺跡。くねくねした山道を車で移動し、民家がチラホラしてきた田園風景のなかに、ぽつんと孤島のように浮かぶ寺院跡が見えてきた。

旧大聖寺跡を囲むように、ずらりと並ぶ五輪塔群。

大聖寺は1358年(延文三年)建立の天台宗の寺院。

ここにある五輪塔は鎌倉、室町時代に活躍した北浦辺衆(きたうらべしゅう)の墓石だと言われている。北浦辺衆とは鎌倉・室町時代に、浦辺地方に鎮西探題(ちんせいたんだい)として派遣された一族のこと。

多くの五輪塔の火輪部分の形状が室町期の特徴を表しているそうだ。

空輪と風輪が一体化し、火輪、水輪、地輪が別になった四石彫成の構成が多いように思う。

火輪の勾配が急な撫で肩の五輪塔もある。

風輪の高さのある五輪塔。

バラバラになったものは、五輪塔の組み方がわかってよい。

ここも先ほどの旧千燈寺跡同様多くの五輪塔を一度に見れる場所。
今回の五輪塔めぐりは五輪塔群をまわるように計画した。最初の富貴寺もしかりで、最後に訪れた真木大堂もそうだ。単体を見て回ると時間とお金が必要になってくるし、僕のような五輪塔初心者にとってはまずは多くのものに触れることが大切なように思われる。そして、その途中で国東半島芸術祭の作品を挟むとすごく充実した旅になる。

ということで、次に向かったのは旧大聖寺跡の近くにある宮島達男の成仏プロジェクト。
旧大聖寺跡五輪塔群から車で20分程度のところにある。

カーナビを見ながらその付近に来たことを確認し注意していると、道路沿いに看板が設置してあるのですぐに分かった。

看板の先に続く道路を進むと、程なくして芸術祭ののぼりが見えてくる。作品のある成仏岩陰(じょうぶついわかげ)遺跡の入り口だ。

また山道かと思って進むと意外とすぐに、チカチカと光る岩肌が現れた!点灯していないだろうと思っていたので、余計に幻想的に思えた。杉林の木立の間から見える無数のデジタルカウンターが作動している光景は、高度化した文明の滅亡後の場面そのもので、SF映画の世界に迷い込んだような錯覚を覚えた。

成仏プロジェクト:「Hundred Life Houses」宮島達男

宮島達男はデジタルカウンターを用いた作品で有名な美術家。
「Keep Changing(それは変化し続ける)」「Connect with Everything(それはあらゆるものと関係を結ぶ)」「Continue Forever(それは永遠に続く)」をコンセプトに活動を続けている。

国東半島は火砕流の影響で多くの岩場が形成されてる。実際に訪れると半島全体が石で出来ていると思えてくる。山を見ると山水画のような岩山の連なりに目を奪われ、道沿いには五輪塔をはじめとした石像をいたるところで散見できる。そしてこの岩陰も石像文化を象徴している。岩陰の様な切り立った岩肌にあらわされる石仏磨崖仏は大分県に全国の7割が集中しているといわれ、その多くが国東半島に現存してるそうだ。

作品は、縄文の古代から人の営みを見守り続けてきた岩陰に、地域住民の手による家型ひとつひとつに入れられた総数100個のデジタルカウンターを成仏地区の住居の位置とオーバーラップするように配置。カウントする速度はまちまちで、1から9(あるいは9から1)にカウントし0のタイミングで消灯(0は死の隠喩)、そしてまたカウントをくりかえす。カウントされる数字はまさに人の一生を象徴しており、永遠に受け継がれる生命(文化)のつながりを、古代(岩陰)と現代(LEDカウンター)のシンボルを共存させることで見事に表現している。これは印象深いすばらしい作品だった。

最後に立ち寄ったのが、真木大堂。
かつては、六郷満山65ヶ寺のうち本山本寺として三十六坊の霊場を有した六郷満山最大の寺院。もとの名前は馬城山伝乗寺(まきさんでんじょうじ)。不動明や阿弥陀如来像など9体の平安仏(重要文化財)を見ることができる。

江戸時代に建てられた旧本堂内部。国東半島では珍しい木造の仁王像が睨みをきかせている。

その本堂の裏手に古代公園という周辺の石像を集めた一角がある。

ここでもいろんな形状の五輪塔を見ることができる。これは斬新、水輪3段重ね?

空輪と風鈴が一体になり、火輪のほぞに差し込む造りになっている。

ローコストな旅行のため宿をとることも出来ず、かと言ってこの真夏に車中泊は辛い。なので日帰りの国東半島の旅となったが、次回は気候のよい時期に車中泊で数日間かけて見てまわりたいと思っている。

現地を訪れてあらためて、国東半島の石の文化を背景にした五輪塔の魅力に気付かされる旅となった。